シネマティックを言語化できますか?
映像制作を始めて15年以上経つけれど、
最近「シネマティック」という言葉と改めて向き合っている。
もう吐き気がするぐらいに。
けど、どうしても決着がつけたくて。
シネマティックって、
映像制作の現場で、頻繁に、そして最も曖昧に使われる言葉のひとつ。
今の自分なら言える。もう間違いなく簡単には口にしないと。
それは自分の中で定義ができたから。
ボケていればシネマティック?
音楽が壮大なら?
色が“それっぽければ”?
シネスコだから?
コントラスト強めな照明だから?
壮大なロケーションだから?
めっちゃどうでもいいことばっか。
どれも本質じゃないんです。
カメラワークや色味、編集のテクニックで判断されがちだけど、
本質は「感情」をどう動かすか。
映画的に見える要素は、感情設計の“副産物”
それを先に置いた瞬間、映像は「意味のない映画風」にしかならない。
情報を伝えるだけの映像は誰でも作れる。
でも、言葉では説明しきれない空気や価値観を、
視聴者の心に計画的にちゃんと残す映像は、設計と技術が必ず必要。
カメラを操作するスキル、カットを繋ぐだけの編集スキルでは、この領域には到達できないんです。
映像を作れる人の全員が、ここに立てるわけではない。
今後「シネマティック」について順次深掘りした記事を公開していきます。